2012年8月21日火曜日

【作品紹介】茜色のカイト





「茜色のカイト」
2010-2011年、フィール・ヤングに不定期連載。

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2年間 俺は君に嘘をついてきました。さよなら。

 ――そんな手紙を残して結婚前に恋人が…。 

プロポーズから約半年間、両親への挨拶から週末ごとの式場見学と、

結婚への準備を着々と進めてきた、ななこと遥哉。 

しかし、式場契約の翌日、遥哉は彼女の前から突然姿を消してしまう。

 残された手紙、元恋人の存在、登山ガイドの母。

 失踪後に知る彼の“真実”にななこは――? 

「結婚するということ」を真摯に描く、ド直球ラブストーリー!

(単行本帯文より)




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作者より、連載を振り返って
2012.8.21


企画の起こりはツイッターでした。
「女性向けになにか描いてみたい」という僕の何気ない(無邪気なと表現するのは言い訳がましいでしょうか)つぶやきを、なんとあのフィール・ヤングの編集さんがひろってくださいまして、その後何度か打ち合わせを重ねて、単行本1冊分ということで連載に至りました。これは奇跡ですね。
チャンスを与えてくださった担当氏とフィーヤン編集部の皆様には深く感謝しています。

この作品で心がけたことは、たったひとつだけ。
「良心と善意に基づいて人間を描く」ということです。
その視点をななこに反映させました。



いたずらに心の闇をほじくる作品が続いていた自分に、バランスをとるためにこの作品が必要でした。つい過激なほうに走ってしまう自分を抑えることが自分の中での課題でした。

「結婚」というテーマには家族の話が不可欠です。
結婚した友達や自分の周りをみても、みんな素直で謙虚です。
真面目な結婚に悪意はありません。あるのは思いやりと祝福です。
ほとんどの普通のひとは、結婚という儀式に対して謙虚であり、且つおおきな覚悟をもって挑んでいます。
敬意を持って、そのままを描きたいと思いました。

ドラマチックにするためには、もっと心をかき乱すような過激なエピソードを入れてもよかったのかもしれません。でもそれはしませんでした。あくまでななこは遥哉をまっすぐに見つめ、遥哉もいっときの逡巡から目を覚まし、最後にはななこの愛に応え、彼女を愛することを誓う(その後、ななこへの恩返しの日々が始まるのだと思います)、そういうストレートなお話を描ききったつもりです。



さて、クライマックスでは北アルプス・雲ノ平が舞台になります。
そこでの取材記を写真を交えながら書きたいと思います。長文です。
楽しかったのです。興味のある方だけお読みください(笑)。

雲ノ平を舞台に選んだ理由は、語感や秘境という単純なものも含めて、ドラマ的に諸々の条件が揃ったからでした。地図をみながら決めました。
行ったことがない場所です。
これは行ってみなければいけない。
でも、果たして自分に行けるのだろうか・・・?
あえて、行ったことのない場所を選んだというのもあります。
そのほうが、ななこの気持ちになれると思ったからです。

行ったことのない場所に行く、それも北アルプス縦走となれば相応の準備が必要です。
最低限の山道具はもっていましたが、着替えを買い足したり、食料を準備したり、交通手段を調べたり、スケジュールを調整したり、筋トレをしたり…と、準備だけで疲れるほど。失踪した彼氏を追いかけるのにこれだけやるのは正直しんどい…でも、ななこは行く。
正直、怖いです。一人で山は。
でもななこが行くのなら行かねばならん、と勇気を振り絞りましたよ。

2011年夏、4泊5日、富山・折立から入り、長野・高瀬ダムに降りるルートを設定しました。
初日と1泊は移動です。富山駅前のホテルに泊まります。
そのあとは太郎平小屋〜雲ノ平山荘〜野口五郎小屋と泊まって降りる予定です。
今回の最大の目的は雲ノ平と、各地の稜線歩きです。ピークハントは控えて、歩きやすいところを歩いて景色を写真に撮ることに集中しようと思いました。
せっかくきたから寄り道して〇〇岳の山頂も踏んどこう、なんて思いがちなのですが…体力に自信がないのでやめておきました。

と、いうわけで、すぐにでも登りたいところですが、まずは友人と谷川岳に身体ならしに。
谷川岳ではずっと雲の中。でもこういう準備は大事ですね。
そのあとも前日まで仕事後にジョギングしたり、スクワットしたりして、1ヶ月ほど準備したように思います。なんといっても体力がないですから…笑


バスで登山口まで
曇ってると悲しいです

さて、いざ登山ですが…初日から快調に登れましたが、とにかく完全に霧の中。
正午過ぎには太郎平小屋につきましたが、展望もなにもなくただ寝るだけでした。写真を撮りにきたのにこのまま明日も曇ってたらどうしようと思いましたが…、翌日からはめでたく晴れました。(カメラは2台持参しました。ケータイも含めて3台です)
年期入ってます



女性達から無理〜という声がきこえてきそうな。
混んでなければ楽しいです

2日目の地獄のような登り(溶岩がゴロゴロしている岩を両手を使って2時間登ります…)を経て辿り着いた雲ノ平は、高山植物が咲き乱れここは天国か…と思いたかったのですが、実はところどころ溶岩がゴロゴロしていて空気が澄んでいるぶんその肌触りがリアルで、まさに秘境と呼ぶにふさわしく、少しさびしい気持ちを持ったことを覚えています。

晴れると最高です
ここを登るなんて信じられない

曇っていたこともあるでしょう。ここが遥哉にとって思い出の地なのだとしたら、ひとりでいたらきっと悲しいだろう、感傷的な気持ちでここを訪れるのだとしたらかえって相応しい場所だな…と思いました。山小屋は本当に素敵でした。

秘境

ここで飲んだコーヒーの美味しいことと言ったら…。と、のんびりしてる暇もあまりなく、散歩に出て写真を撮りまくり食堂でネームをしたりしました。

晴れたら文句なし!

ビューチフル

3日目、さらに快晴。ちょうど雲ノ平小屋から水晶岳のほうにしばらく歩いた場所で立ち止まって休憩していると、同じ宿に泊まっていたおじさんと一緒になりました。挨拶をすると、気さくに話かけてくれて、こんな話をしてくれました。
「母親の供養としてね、毎年一回登ることにしているんですよ」
特に山で亡くなったというわけではないそうですが、彼の中でそう決めているんだそうです。
同じ道を歩いているだけで気を許してしまったのか、または果てしなく広がる絶景がそんな身の上話をする気にさせるのか…、そういう気分が山にはありますね。
黙々と歩く旅は、想いを深めるのにちょうどいいのかもしれません。
すごく大事なことだと思いました。
彼にこの漫画のことを話しました。読んでくださっているといいのですが。


早朝5時頃。青紫がかっててる。
とても気持ちがいいです。
おじさんと話した場所から。
身の上話のひとつもしたくなるこの絶景


水晶小屋から野口五郎岳までは、疲労も重なって辛苦の旅路でした。
脳内ではドラクエのフィールドを歩く曲が流れてきます。というのも、植物も少なく砂や岩の道が続き、雲がかかってきて展望もありません。でも、目的地は遥か稜線の先に見えているのです。あと何時間歩いたらあそこに辿り着けるのか…、気が遠くなります。空気が薄いのはさほど気になりませんでしたが、なんといっても体力が…。雨が降る前になんとか小屋につこうと必死でした。

こんな道歩きたくない!
疲労困憊の自分には墓標にみえた。正解は案内板。

野口五郎小屋では百名山ピークハンターに出会いました。会社勤めゆえに休日を利用しての登山。金曜の夜中に家を出て、夜中から登り始め、月曜の早朝に帰るのだそうです。ひとりは三重県から高速を飛ばして長野の登山口まで、もう一組のおじさんコンビは兵庫からだそうで、同じ部屋で仲良くなっていろんな話を聞けました。こういうネタもどこかで描けたらなぁと思っています。

朝焼けに疲れも全部ふっとびます。
小屋で仲良くなったおじさんが写っています。

最終日は雨。ただ降りるだけなのでつい足が早くなりがちですが、疲労もたまってきており、転んだら大変なので自分にブレーキをかけることをこころがけていました。雨の中で前後も誰もない状況では、遥哉の気持ちにシンクロしていました。


この旅で楽しかったのは、やはり人の出会いでした。
意外と単独行のひとは多く、単独行同士仲良くなるのも早くて山初心者の自分にいろんなことを教えてくれました。みんなほんとに親切です。一度ルートを別れたひとと、別の分岐点で再会するなんてこともありました。話を聞くと、目的もそれぞれ、大事な想いを抱えて山に来ているひともいる。
街に比べて人間はほとんどいないはずなのに、それゆえひとりひとりの想いの輪郭がはっきりと見えてきて、深く心を通わすことができそうな、そんな場所でした。

取材を終えて、物理的な詳細はともかく、ひととの出会いで感じたことや、あの澄んだ空気を描きたいと思いましたが、どれだけ描けたかな…?

どうぞ読んで確かめてください。