2015年12月14日月曜日

日記 20151214 相性だ



子供の遊びを見ていると本当にいろいろ気づきます。



今日は漫画とはぜんぜん関係ないだらだらとした話です。
興味のない方は読まずにいただければ幸い。

今日は芸術の森美術館へ。
工芸館でやってた、床全体に敷かれた紙などに自由に落書きして自由に遊んでいいというものに、うちの3歳児と行ってきました。
お子さんをお持ちの方は特によくわかっていただけると思いますが、子供の性格はほんとに生まれつき様々で、うちの子どもは生まれつき「超社交的」であります。
誰にでも一緒に遊ぼうと声をかけ、人を選びません。アウェイでも子どもの輪の中にどんどん入って行きます。逆に言えば、空気を読まないし、相手に気を遣わないので迷惑がられることも多々(それも学びのうちですね)。そんな時でもめげずにどんどん声をかけていく姿をみていると、「ああ、これが生まれ持った性格ってやつなんだなぁ」と思います。

さて、今日気づいたことは、「気の合わない人と無理に付き合おうとするのではなく、相性の合う人を探す努力も超大事」ということ。
うちの子供は、前述したようなファンキーでオープンな性格なので、ガンガン誰にでも絡んでいきます。そんな時に、相手の子供のリアクションが面白い。
「なんだこいつ」みたいに眉をひそめらたり、場合によっては空気のように無視されることもあります。逆に、会った瞬間から「生まれる前から親友だぜ」みたいに盛り上がって遊んでくれる子供もちゃんといます。お互いの相性が合ったんだと思いますが、そういう子とは非常に幸せそうに遊んでいる。性格だけでなく、そのときの気分もあるとは思いますが、幼児同士の遊びって、とにかく相性があるなぁと思います。

小中高と大きくなるにつれて、もちろん遊びの種類も変わるし、人間関係も複雑になり、「相性の悪い人」ともうまく付き合う必要性や、関係構築、維持のテクニックを身につけてけていくものと思います。
そのうちに、相性の悪い人と同じチームで働くことになったりして、ストレスを感じつつも我慢したり努力したりして…といわゆるふつうの社会人生活を送ることになるのだと思いますがーーー自分ももちろん、相性悪いなぁと感じた仕事相手や仲間はいましたがーーー、そんなときにどうするか。
「相性の悪い人でも、うまく付き合う努力」は一生懸命したけれど、それと同時に、「相性の合う人を探す努力」をどれくらいしただろうか、と、自分自身のこれまでを振り返ってしまいました。
「相性の悪い人」と仕事をするストレスは計り知れません。目的がいっしょでもなんか噛み合ないことがある。社会人生活を送っていれば当たり前にあることですけども、当たり前だからといって、我慢することばかり努力して、変える努力を恐れたりはしなかったか…?特に仕事の関係は保守的になりがちなので、人付き合いを選ぶってことは、ひとつの仕事を失うってことになるし、なかなかできるものじゃないんだけど、自分のストレスにフタをして無理しすぎたことはなかっただろうか…?

当然うちの子なので、俺の遺伝子をついでいるんですけど、実はその「超社交的」な性格は俺ゆずりだと思うんです。そう、俺も幼い頃超社交的だったんです。今でも酔っぱらうとそうなりますけども。でも、傷つくことだって覚えますから(笑)いつのまにか、人見知りになりましたけどね。

子どもの、相性の合う遊び相手を探して時には無視されてもどんどん積極的にいく姿をみていると、誰のものでもない自分の人生を楽しむ本質、原点はそこにあるんだよなぁ、と思って。生まれ持った性格には逆らえないです。学習によって修正や補正はしていくものだろうけど、性格の本質は死ぬまで一緒なんじゃないだろうか。
「相性の悪い人でも、うまく付き合う努力」は、これまでと同じくやりますけど、それと同時に、「相性の合う人を探す努力」も、もっとやるべきだと気づいた次第です。じゃないと、相手のことも幸せにできない。
相性の悪い人同士がお互いにストレスを抱えて過ごすのは、誰も幸せじゃないということで、つらいだけですもんね(笑)だからといって、相性の悪い人とケンカをするわけじゃなくて、当然そういう人とも適度にうまくやっていく。相性の合う人は、探すのはたいへんだけど、ちゃんと探せばこの世の中に、たしかにいる。だから、その努力をめんどくさがらないようにしよう、と、思った次第です。