2016年5月19日木曜日

日記 20160519 追込み



はぁはぁ…5月末分(高尾山レク編③)の原稿あがり…。

ちょっと今回の流れはスケジュールがキツく追込みました。
今週は持病の頭痛がしんどかったわー。
3週描いて1週休みくらいのペースですので、ここで一区切り。
といってもすぐに次の原稿の描き溜めに入りますが、この1週の余裕を使って…6月中になりますが、ちょっと泊まり山取材にいこうかなと思ってます。

登山取材とは別に、今年は家族でもキャンプをしたいなと思っていまして。
テントやBBQ道具、シュラフなどはコツコツ買ってましてそれなりに十分揃ってきてるんですが、ランタンがない。
ファミリーキャンプとくれば大きめのランタンが欲しいな…と色々みているんですが
オイルのものは素敵だけど高いですねぇ。
子供が小さいうちは電池かなぁ。小学生くらいになったら、こういう外遊びを通じてオイルやガスの使い方を教えるのもいいかなぁと妄想が膨らみますが。

キャンプも登山もそうですが、道具がひとつひとつ高い。
いや、基本的には高いものというのは相応の価値のあるものですから、要するに自分の「欲しがる心」と「お財布にお金がない」ことが問題なわけです。
高いことには問題はない。
アウトドア遊びって、人類の消費文化や経済文化と非常に微妙な距離を持っているなと思います。
高いお金を払って都会に住み、高い道具を持って遠くへ出かけて、釣りや焚き火なんかをして「この経験はお金には替えられないね〜」とか言うわけです。
日常的には文明の旨味を享受しながら、ときどき原始的な体験をして価値を見つめ直すという時間。焚き火のときにこういう話をしてたらまぁ真面目なほうですね(笑)
どんな道具を選ぶか。自然を感じたいだけなら、道具なんかなくてもいいんですが、安全に、快適に、そして「いい道具を使ってみたい欲」のままに、色々買ってしまうんですね。

そして、さらに、自然の中に住んでしまうのは、次元の違う選択に思えます。どちらが高次元かということではなくて、住処を都市に持つか、自然の中に持つかは、自然との距離の取り方が全然別のものになるということです。
自分も現在は庭にエゾシカがくるようなちょっと自然寄りの場所に住んでいるので、ずっと考えてきましたし、今も考えています。
そういうことをごちゃごちゃ考えていると友人から「頭でっかち」とか言われるわけですけど、考えるのが面白いんですよね。答えを出すわけじゃないんです。
答えをいったん出してみたり、引っ込めたり、考え直したり。
そういう答えの出ないことをごちゃごちゃ話していたいんだと思います。
試してみたり、失敗したり、やり直したり、変えたりしたいんです。
答えが出てしまったら、そういうことを全部しなくなる。そういうことがしたいのに。
結論を出さないでいたほうが、面白いと思っています。

「はぁ、道具高いなぁ〜」と思ってる、という話でした。