2016年9月11日日曜日

日記 20160911 とある山




1巻のご感想で、
「とある山とはなんぞや」
「この漫画には実在の山はでてこないのか」
というお声もあるようですが、実はマニアのみなさんはお気づきかと思うのですが、背景をよくみていただけると実在の山だったりするのです。

ではなぜ「とある山」としているのか―――。

言っちゃいますか。
聞きたいですか。
聞きたいでしょう。
わかりますよ。
わかりますそのお気持ち。
今回は説明しましょう。
だんだんブログに書く話がなくなってきましたし。
言わんでいい裏側まで描く必要はないですが、もう3巻も間近でだいぶ単行本も普及してきましたので、この程度はもう言ってもいいでしょう。

まずはこの漫画作品を「ガイドブックにはしない」という狙いが一番、
それが一番でございます。
一方で八ヶ岳や穂高など具体的な山の名前を出している場合もあります。その場合は「その山でしか描けない話を描く場合において」そのようにしております。
どこの山であっても当てはまりそうな内容を描く場合はわざわざ〇〇山としなくても、「とある山」で。俺はそれでOKなのです。
それでも「実在の山を描け!」「描かんか!実在の山を!」という熱狂的なファンの方の熱烈なリクエストも聞こえてきますが、もうひとつ大きな理由があるのでございます。
それは何かと言いますと、
全国各地の読者のみなさんを考えた場合、まず自分の住んでいる場所より遠い地域の山のことはよく知らないし、言ってしまえば説明されても興味もないことが多いです。
登山が趣味であっても、縁遠い場所の山に興味は持ちづらいです。
現在、北海道で登山をしていて出会った人とかにですね、自分が本州で登ってきた山の話をしても「そりゃいいですね〜」くらいのリアクションが精一杯で、それ以上は関心を示してもらえないことが多いです。
いや、そりゃ魅力を懇切丁寧に紹介されれば、
「ああ、行ってみたいなぁ」ということはあると思います。
紹介されれば。
漫画で紹介すれば、ですね。
でも、紹介ばかりしていたら、「ガイドブック」になってしまうわけですし、ガイドブックというものはそもそも「興味がある人」「興味を持ちたいというモチベーションのある人」しか手にとりません。
ただ漫画を楽しみたい人は、そこまでの過剰な説明を求めていないわけです。
山の素晴らしさを広めるためでなく、面白い漫画を登山好きの人でもそうでない人にも読んでもらいたいというのが俺のやりたいことです。ただ、心底俺は山を素晴らしいと思っているので、素晴らしさが伝わっちゃってるはずです。結果として、それでいいのです。
本質的な漫画のおもろしろさを一番の売りにしたい、それしか売れるものがないわけです。その部分を必死に磨いて生きておりますわけです。
泣きながら必死に訴えている部分です。
みなさんはきっとスマホやPCの画面を涙で濡らしていることでしょう。
画面から俺の涙がにじみ出ているはずです。
こんどのiPhoneは防水だそうです。いいなぁ。

ということで、自分が過去に登った山や取材した山、そのときに撮った写真を元に描いている場合でも「とある山」として連載をスタートしました。
ああ、怒る読者がいるだろうなぁと思いながらも。
ただ、連載が続くなかで、非登山者の方が多く読んでくれて、全国の読者の方にとって「自分と関係のない地域の話」ではなくなっている効果はあったのではないかと思います。自分がふだん登ってる山や、子供の頃に遠足で登った山のイメージと重ね合わせて「ああ、なんかわかるわかる!」と。
特にふだん登山をしない皆さんが楽しんでいただけることは何よりの俺へのご褒美であります。
さらには、登山をする人達からも厚い支持もあるではないですか。
心配がウソのようです。そうだよねみんなわかってくれるよね、と。
俺の涙袋が涸れるほど泣くわけです。みんなの温かいご声援を聞くとね。
これ以上泣かせないで。
ここで涙袋が涸れちゃったら、次に泣きたいときに目から流すものがなくなるでしょう。
涙の在庫は確保しておきたいわけです。

「実在の山が描いてないことへの強いご不満を訴える、どこまでも己の理想を求める熱い読者」の方と、秤にかけて恐縮ですが、とりあえず多くの人に楽しんでもらえるほうを優先させてください。まぁたまに八ヶ岳や穂高のように描く回も作っていきますので、溜飲を下げていただければ幸い。
ぶっちゃけ中にはイメージの中の山を描いた架空の山も稀に混ざってますけど(笑)、実在の山も沢山あるので、探してみてくださいマニアの方。
もしこの山は実在しない!とかなったら、もう山の名前をつけてください。お願いします。俺はそれでいいですよ。
俺は怒りません。


以上、今日も机の前より。